弓道

『弓道の日』に振り返る~あの言葉、意味知ってる?~

こんにちは!仕事よりブログが楽しい今日この頃の私です!(´艸`*)

今日は9月10日ということで、なんと『弓道の日』ですとな!

弓道に励む私としては、この日を逃してはいけないと、弓道について書きたいと思います。

(ついさっきまで今日が弓道の日だということを知らなかったのはここだけの話)

さて、弓道の日ということで、少し弓道についてちゃんと考えようと思います。

たくさん見直す点はあるのですが……手始めに何気なく使っている言葉について。

しれッと使ってるけど、実際、どういう意味?

ってものがあったりなかったりあったり(;’∀’)

今日という日を機に、ちゃんと調べてみようと思います。

↓今回、参考にさせていただいた文献↓

『現代弓道講座7 ー年表用語編-』

息相-いきあい-

行射をするときの呼吸と、私は捉えていました。

間違ってはいませんが、とても興味深いことが書いてあったので記します。

意味

息合とも書く。呼吸のことであるが、弓道では弓を引くときの息のつかい方をいう。

弓を引くときの動作の進行に従って、息のつかい方があるわけで、古来「息閑かにして動かずつまらず、静かに沈まず浮かず、惣体の真ん中に釣り合ってたゆまない息」を理想とした。

んー、難しいです。

私はまだまだ動作とのタイミングに気を取られてしまいます。

行射を活かす呼吸を目指します。

鵜の首-うのくび-

この本に載っていた内容は初めて知ったので、自分のためにも記しておきます。

意味

弓を握ったときの左親指の形が、鵜という鳥が水に潜らんとするときの、やや下向きの首の形に似ていることから連想したいい方。

私は、左手首の角度が、鵜に似ていると教わっていました。

手首でも親指でも、結論は同じですかね。自分のイメージしやすいほうでいい気もします。人それぞれの解釈、という事でしょうか。

会者定離-えしゃじょうり-

この言葉は普段使う場面は少ないですが、好きな言葉です。

意味

仏教語で、社宝八節のうち「会」と「離」はこの言葉からとったといわれる。

出会ったものは、いつかは離れる。諸行無常。

悲しい現実ですが、だからこそ出会いに感謝できて、今を大切にできるんですよね。

「会」もそれくらい、その時の時間を一心に感じれるようになりたいです。

弓禅一致-きゅうぜんいっち-

私が弓道に惹かれた理由の一つです。

昔は弓道の難しさについてまったく知らなかったから、恐れも知らず目指すことができましたが、今は遠い遠い……。

でも、目指しているものは変わっていません!

意味

弓道の心境と禅の境地とは一致するという考え方。

禅の修行すなわち坐禅などは煩悩を離れて無我の境地に達することを本願とするが、弓射においても無念無想の空の精神状態が本質的に要求される。

したがって坐禅に対して弓道を立禅という人もある。

『禅剣一如』もこれと同じ考え。

射品-しゃひん-

弓道の講習会に言った時、たびたび聞く言葉です。

なんとなく、雰囲気的には伝わるんですけどね……。

意味

射の品位。弓を射るとき、真・善・美が総合的に発揮される雰囲気で、射における心・力・形・動の融和したものから生まれる。

審固-しんこ-

『礼記-射義』に出てくる言葉です。

(「然る後に弓矢をとること審固なり」礼記一節)

意味

しっかりという意味。

(審は「つまびらか」すなわち「詳しく」や「慎重に」の意。固は堅固。「固まる(凝固)」という意味ではないから注意。)

「弓矢をとる(持つ)こと審固なり」とは、「慎重」にしてしっかりと持つということ。

私の先生は、審固の意味を「事前にしっかりと準備をして行射に挑むこと。その心構え」ともおっしゃられました。

なるほど、人によって解釈は違うかもしれませんが、根幹は同じように思います。

進退周還-しんたいしゅうせん-

弓道をしている方から、耳にしたことはあるかもしれません。

『礼記-射義』に出てくる言葉です。

講習会では毎回文章を音読します。が、言葉の意味をよく分かっていない私(-_-;)

意味

進んだり退いたり回ったりすること。座しての動作、立ち振る舞いなど色々の動作を言う。

中国の『礼記』射義編「進退周還必中礼」の語から出たもの。

澄-すまし-

この言葉は講習会で講師が話されたことで初めて聞きました。

「うんー?何があっても動じず澄まし顔でいなさいってことかな?」なんて思ってましたよ……。

意味

心気を落ちつけ、体制をととのえ、力の入り具合をよく考えることをいう。

古来弓道では「三つの澄」「四つの澄」「五つの澄」などがある。

いやぁ、改めて自分が恥ずかしい(笑)

骨を射る-ほねをいる-

これもよく聞く言葉ですが、説明しろと言われるとできない言葉です(;’∀’)

吉見台左衛門経武『射法訓』の一節。

意味

骨をもって射を行うの意。

骨は身体の中核をなすもので、骨法にはずれた射、関節のはまらぬ射、筋骨が充分育て上げられない射は、みな中途半端な射で、「骨を射る」とはいえない。

『骨』といいますが、物理的な骨と精神的な骨とを意識さえられる言葉ですね。

最後に

いかがでしたでしょうか?

弓道を知らない方には???だったかもしれません(;^_^A

でも、弓道はとても奥深く、無限の楽しみがあります。同じくらい苦しみもあります。

でもその過程が人間形成の道なのだと、思います。

がんばるぞー!

最後までご覧いただきありがとうございました。

ABOUT ME
ハル
シングルマザー三十路の私です。 ひとり親だからこそ、自由に楽しく、大好きな我が子との毎日を楽しんでます! 『思い立ったが吉日』。やりたい!と思った時が一番の旬なタイミングと考え、やってみる事を心がけてます。 飽きっぽい私だけど、途中で止めても、やるだけで経験! 整体・弓道・居合道・中国語の勉強を始めました!